フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

怒りの私〜「したくないこと」をどうする?

  A)したいことを、しないでいる
  B)したくないことを、する


どちらもストレスがかかります。でも、Bの「したくないことを・・・」の方がずっとストレスが大きいようです。


「したくないこと」をしないで、「したいこと」だけをして生きていけるわけではないので、ストレスがゼロになることはありません。(ストレス・ゼロ、というのも何だか変です。健全じゃない感じがします)


  【自分は何をしたくないのか】
  【自分は何がいやなのか】
を知った(感じた)上で、その場面では何を選択しどう振る舞うのかを考えたほうが良いようです。感じ→考え→選択→表現(行動)、のプロセスに与えられる時間はごく僅かなので少々難しいのですが・・・。
感じたことを無視して、慌てて、流されるように、これまでの習慣で“条件反射”して行動していたら、何も変わらない。それどころか、いつか「内側の私」が“私”に思い知らすことになるでしょう。


自分と他者とのコミュニケーションも大切ですが、自分の「内側」と「外側」の関係性にも目を向けると、おもしろそうです。


あんな些細なことにでも、あれだけ怒る私がいたことに、改めて驚いています。(「あんな些細なこと」と書いた途端、内側の私が反応しています。そんなに怒らないでよ〜・・・これから気をつけるから・・・)


私は私のことをちっとも知らない・・・