フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

記事のどこを読んでいたの? −sawadaさんのブログ『好奇心の翼:フェルデンクライスメソッド』から

澤田さんのブログ記事「美しさ」(2008.11.28付)を読んで、私はどこをどう決めつけ思い込みをしていたのか?


1. 記事を、澤田さんご自身の文章だと思っていた
日本語文の下に英文があるのですが、日本文だけを見て、澤田さんが訳されたものだということに気づきませんでした。


2. M・フェルデンクライスがATMレッスン中に語った話と思わなかった
訳文の一番下に「モーシェ・フェルデンクライスAlexander Yanai #375」と書いてあるのに、フェルデンクライス・メソッドと直接関係する記事内容だとはピンと来なかったのです。私の頭の中はエディット・ピアフの姿と『愛の讃歌』でいっぱいでしたから。
“Alexander Yanai #375”とくれば、モーシェのATMレッスン集であることを、メソッドを学ぶ人なら知っています)


これだけ自分勝手に思い込んだ私ですが、記事を2度3度読み返す内に
澤田さんが日本語に訳してくださった記事であること
エディット・ピアフ」に関する記事ではなく、フェルデンクライス・メソッドの記事であること
にやっと気づきます。そして、この程度の理解でコメントを投稿しました。
(今、投稿コメントを読むと「この投稿者(=私)はな〜んにもわからずにコメント書いてるなあ」というのがバレバレです)


私は肝心の

  この話しはモーシェ・フェルデンクライス博士が
  ATMのレッスン中に話しているものです
    (『好奇心の翼:フェルデンクライスメソッド2008.11.28記事 澤田さんからのコメント)

に気づかないままでした。

そして、澤田さんからのお返事

  フェルデンクライスでは話もATMのレッスンの一部なんですね

を読んで、ようやくこの記事が、誰が誰に向かって語ったものかを理解します。


モーシェ・フェルデンクライスはエディット・ピアフや他の誰かのことを話していますが、語りかけている相手はATMレッスン参加者で、話している内容は「参加者自身」のことなのです。このことに気づいたとたん、私の頭の中でのっぺりした顔の記事が、目鼻立ちのくっきりした立体的なものへと変わりました。記事の背景を知っているかそうでないかで、これほど印象や理解が変わることにも驚きます。



心をひらく体のレッスン―フェルデンクライスの自己開発法

心をひらく体のレッスン―フェルデンクライスの自己開発法

にも、ATMレッスン中、動きの指示を出しながら、その合間あいまに、モーシェ・フェルデンクライスが語る色々なエピソードやたとえ話が載っています。レッスンの動きより、こちらの話の内容に引き込まれます。


コメント投稿すると、こうして「アチャ〜…またやった…」と恥ずかしいこともありますが、気づきも多いです。