フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

It's the Choice. 選択の問題

復活した“脳の力”〜テイラー博士からのメッセージ」(NHK総合、5/7夜放送)を見て、考えたのは「二つの速さの私」(5/18付記事)と、「選択」です。

番組中、テイラー博士と中村桂子博士の対談で、「二つの速さの私がいます」のあとに続く会話が

中村:あなたの中に?


テイラー:私の中に。しかし、私は常に自分のしていることを認識し、観察し、ゆっくりで落ち着いてもっと安定した状態にできるだけ早く戻ろうとします。


中村:中で葛藤しているのではないか、と思いましたけれども、今うかがうと、今のジルさんは、ゆっくり考える方が本物で、その中で選択して、やるべきときはやっている、というそういう生き方をしていらっしゃる?


テイラー:左半球は素晴らしい贈り物です。言葉があることで、私たちは繁栄し、コミュニケーションがとれ、自分自身を定義し、個人の境界がわかり、個人の自分を認識し、個人として世界に変化をもたらすことや、世界に影響を及ぼすことが出来ます。その一方で、私は誰でもいつでも右半球の能力を引き出す能力があると思います。そうすれば、平和や幸福や「涅槃」と私が説明している感覚を感じることができるようになると信じています。これは、選択の問題です。(It’s the Choice.)最初のステップはこうした選択があることに気づくことです。
(2009年5月7日放送、NHK総合「復活した“脳の力”〜テイラー博士からのメッセージ〜」より)

選択と自由と自立(独立)

フェルデンクライス・メソッドを学ぶFPTP京都で、これまで何度か耳にした言葉が

選択肢があること、選択できることがわかれば自由になる
自由であってこそ、自立できる
(選択がなければ自由でない)
(自由でなければ、自立できない)

というものです。
聞く度に、「???」でした。
  ・メソッドと「選択・自由・自立」がどう関係するのか?
  ・動きの質と「選択・自由・自立」がどう関係するのか?
  ・気づきや学びと「選択・自由・自立」がどう関係するのか?

身体から教えられる

「選択・自由・自立」が頭の隅に引っ掛かりながら、フェルデンクライスのことを考え、講習会・勉強会に参加し、レッスンを受けていました。そうした中で、ある時
 ・グループレッスン中、「二人以上の私」
 ・個人レッスンの後、「二つの速さの私」
があることに気づきます。
習慣や癖、反射で動いていて、そこに選択などないように思い込んでいる日常の行動が、実はたくさんの選択の積み重ねなんだ!と気づくと「引っ掛かり」がほどけそうになりました。


受験や就職、結婚、出産、住居、仕事etc…が選択のメイン舞台のように思っていました。確かに大きな選択には違いありません。でも、日常生活でも意識にのぼらない選択がたくさんあるようです。それらが毎回毎回意識にのぼってきてひとつひとつ選択していたら、時間がかかって仕方がないので、習慣になったり、癖や反射になるのでしょう。できあがった習慣・癖が、今も効果的か?というと違うのかもしれません。ひどい場合、子ども時代に作った習慣や癖が大人になった今も働いていたりします。


それをフェルデンクライスのレッスンを通して、そのことに気づき、今ある習慣(癖)のレベルから、もう一度、選択のレベルに戻して、削除したり修正する。簡単ではないし、時間がかかるかもしれませんが、
  こういう選択ができるって、おもしろい!!
なのです。今ある形を、先ず、おおまかなパーツに分けて、それをピースにして、磨いて、もう一度組み合わせて、そして形にする。似たような形にするか、別物にするかは「選択」です。

自分の感覚に注意を向ける

こうした選択をするのに必要なことのひとつが

テイラー:自分が今何を考えているのかに注意を傾けてください。それは、自分の望んでいることですか?自分の脳に責任をもち、自分らしく歩んでください。
(2009年5月7日放送、NHK総合「復活した“脳の力”〜テイラー博士からのメッセージ〜」より)

だと思います。その「種」が、「自分は(身体で)今何を感じているのか、に注意を向ける」なのかもしれません。