フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

時間と変化と感覚

今朝は久しぶりにグループレッスンの動きをしました。約20日ぶりです。同じ時間(朝5時)に身体を動かしているのに、
  ・外が思ったほど明るくないこと
  ・気温が低いこと
に気づきます。どちらも講習会が始まる前の7月下旬とは違っていて、もうお盆が過ぎたことを実感します。


以前なら、こういう形で「月日の経過」を感じることはなかったのですが、年をとったからなのか、フェルデンクライスを学んでいるからか、「変化」や「違い」を五感を通して感じるようになってきました。

我が家が古くなって、あちこちいたんでくるのをぼやく私に、父が

なんでも変わっていくし、古くなるの。同じ状態でありつづけることなんかあらへんの。わからへんかなあ。

と言う意味の一部を感じ始めているような気がします。


ライチを食べても、トマトを食べても、ひやしあめ・ビールを飲んでも、「美味しい♪♪」と感じる瞬間は、毎回、毎年必ずくり返されるわけではないのと同じです。その年の出来も違えば、いつ口にできるかも違う。何より私の身体が違います。いつ、どこで、誰と食べるかでも変わってきます。美味しい、楽しい、嬉しい、愉快、心地よい、といった「快」を追求しがちですが、それを強く追い求めるのは、何かを縛ってしまう何かを見失うのかもしれません。



これは、フェルデンクライスのレッスンにも共通しそうです。具体的な結果や効果を求めてレッスンを受けていたら、逆に何も得られなさそうです。

今回、クリスさんの個人レッスン中、まるで独り言のように、何かおっしゃってくださいました。それが、私に大切な言葉だと感じたものの、頭にはピンときません。その意味を頭で理解しようと「追求」し始めた私に、クリスさんは『はっきりとさせないままにしておいて』と私の追求にフタをされました。

ロビーさんやクリスさんがこれまで色々な場面で見せてくださってきた

Stay in the moment.

に関係する言葉だったと感じています。


変わっていくけれど、変わっていかない。