日本語は耳で聞くのにパワーが要る
BOOK LOVERS小山薫堂さんの週(2009.8.10〜14)の最終日からもうひとつ。
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昨日の記事の続きになりますが、
勝間さん:日本人の特徴らしいんですけれども、目を使い過ぎているらしいんですね。物事の情報処理に対して。
日本語ってあまり耳に向いていない言語なんですよ。
同音異義語が多すぎる。
アクセントや抑揚が小さい。
耳で判断する時に、英語に比べて、パワーがいるんですね、聞き手側の。その二つから、どうしても文章に頼ってしまう傾向があるらしいんですよね。なので、ブログとかメールとかは、やたらめったら日本で流行るらしいんです。ボイスメールとかオーディオブックとかポッドキャティングとかはどうもダメらしいんですよね。
ただ、逆にみんながやっていることをやっても中々予想外の新しいことをできないので、もっともっと「耳を鍛える」「話す方の言葉を鍛える」ということは、たぶんどんな人にとってもコミュニケーションに役立つのかな?と思っているのですが。
(BOOK LOVERS vol.227より)
フェルデンクライスのグループレッスンは、ラジオと同じで「脳を鍛える」のにもいいかも♪♪と一瞬よろこんだ直後に、上の勝間さんのお話…。
グループレッスンのワークショップやレッスンCDを聞いて当初から感じていることです。
「耳で判断する時に、パワーがいる」
レッスンの動きの内容を理解する(イメージする)以前に、指示の内容を聞くことにパワーがいるのです。マイクのボリュームの問題ではありません。(*安井武先生はよく通るお声なので、「アクセントや抑揚」の面で“聞くパワー”が必要なことはありません)
ATMレッスン指導をする時、受講者にあまり負担なく
・耳に届く
・脳に届く
ようにするにはどうしたらいいのだろう?と考えています。
音(声)と言葉の両面から考える必要があります。