フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

自分をあやす

赤ちゃんやまだ言葉が十分話せない子どもが泣くと
お母さんが抱き上げ「ああ、〜〜のね」と言いながら世話をしたり、
なでたりして、あやします。
「〜〜」には
  ・痛かった
  ・こわかった
  ・お腹がすいた
  ・眠い
  ・もう少し欲しかった
  ・寒い
  ・かゆい
  ・不安だった
  ・まだ遊びたかった
  ・ウンチが出た
  ・びっくりした
  ・こわかった
などなど、が入ります。


赤ちゃんや小さい子どもは、自分が泣いても、
なにをどう解決したらいいのか、よくわかっていません。
代わりにお母さんや周りの大人が解決してくれます。


時にお母さんの「見当」が外れることがあります。
すると、赤ちゃんは泣きやみません。
お母さんは次の言葉を繰り出しながら、手で探ります。
(オムツの中、おでこ、おなか、揺らす、背中をポンポンする…)
そして、無事に解決できる(方向へ進む)と赤ちゃんは泣きやみます。


大人でも、何かが不快で、違和感があって…
これが赤ちゃんなら泣いているだろうけれど、泣かない。


「お腹が空いている」「どこかが痛い」「眠い」なら対処はカンタン。


でも、何がどうなのかよくわからないと
  イライラして不機嫌になったり
  ちっとも落ち着かなかったり
  気分が高揚したり
…と「泣く」代わり、何かイロイロ表すことになります。
赤ちゃん時代のように、解決してくれる誰かはいないので
自分であやすしかありません。


でもね、赤ちゃんのお母さんが時々見当がつかないことがあるように
自分がどうしてイロイログチャグチャと表しているのか
よくわからないことがあります。 全く見当がつかない…というか。


原因がわかれば、「な〜んだ、そんなこと♪」と対処することができます。
でも、それがわからなければ「イロイロ」は止まず
「私」は“むずかった”まま、です。


むずかる自分をあやすのは自分。