フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

あいさつの力〜気づいていないだろうけれど

私が住む学区の小学校では「あいさつ運動」(?)を実践されているのか
登下校中の小学生に道で出会うと
「おはようございます」「こんにちは」の挨拶をされます。


会う小学生全てが挨拶をするわけじゃないけれど
こちらの顔を窺がいながらだったり、反射的だったり
いろいろな表情や「間」をはさみながらの挨拶を受けます。


小学校は制服があるのですが、帰宅して制服脱いだら
「挨拶解除」という感じです。
通学路や町内で出会うといっても、小学生にとって
私は「知らないおばさん」。
知らない人間に挨拶するのは簡単ではありません。
だから、制服着ている時は「何々小学校生」として挨拶をし
制服脱いだら「私人」だから、顔見知りじゃない人間はスルー。


このきちんと使い分けが出来ているのがいいな、と思います。
(学校の先生からしたらNGかもしれませんが)


こうした挨拶、児童の社会性や公共心をはぐくむ(?)云々と
学校サイトに載っていたりしますが
育まれているのは、挨拶を受ける側(大人)です。


挨拶できない大人はたくさんいます。
その簡単でない挨拶を実践してくれている小学生に
挨拶される嬉しさを感じたり、自分の行動を振り返るetcの
機会をもらっています。


子どものための「あいさつ運動」じゃなく
地域に住む大人のための運動だと、挨拶される度に思います。


地域の小学校出身だろうなと思う中学生から「こんにちは」
小学生の兄弟姉妹がいるのか2歳位の女の子から「こんにちは」
日曜日、制服着てなくても自転車から「こんにちは」


彼らに倣おう!とすれ違った高齢者に「こんにちは」と言ったら
不審げな表情だけが返ってきて複雑な思いに。
赤の他人に道で挨拶された時の自然な反応なのですが。