フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

聞く ときどき 訊く

親子でも兄弟姉妹でも、長い付き合い友人でも

想像しているよりずっと相手のことを知らないことを知り驚く。

 

同じ屋根の下に長く一緒に暮してきたから

一緒に出かけたり遊んだりしてきたから

同じ場所で同じ時間を過ごしてきたからといって

相手のことを「よく知ってる」わけでも「よくわかっている」わけでもない。

 

目に見えることなら「知る」可能性は高い。

相手が話していたなら「知っている」かもしれない。

 

それでも意外と見てないし聞いてないしわかってないことが多い。

一緒にいても、見てないし聞いてない(訊いていない)から知らない。

 

こうしたことに気づくようになったのは電話のおかげ。

毎朝母親と電話をする(時に父親と)

前の日の出来事を聞くだけなら特に気がつかない。

でも、その話の中でふと気になったことを訊いてみると

「え?そんな風に物事見てるの?」

「あれ?前と考え方変わった?」

「そういう背景があったんだ」

ということがわかる。

 

話し手が「当たり前」と思って行動していたことも、

訊くことで輪郭をつけることができる。

 

純粋な好奇心(関心)から訊くとその答えに驚くことが多い。

非難めいたり咎めたり、羨ましがったり…な雰囲気で訊くと

決まって答えはつまらないものになる。

色のつけずに訊くのは結構むずかしい。