フェルデンクライス日記かもしれない

フェルデンクライス・メソッドについて感じたこと考えたことも書いています。

ボクについてたら大丈夫 −小宮一慶さんの講演で気づいたこと

小宮一慶さんの講演(第36回京都大学未来フォーラム、2008.12.15開催)で『人は幸せについていく』(「人を動かす」ことについて話されていた時の言葉)を聞き、両親のことを思い出しました。


  ボクについていたら大丈夫


父が母に、結婚当初からときどき言っていた言葉だそうです。
「お母さん、お父さんとの結婚、不安やなかった?」
「お母さん、お父さんと結婚生活よう続いてるなあ」
といった内容のことを私が母に言う度に、母は決まって

だって、○○さん(=父の名前)が
『僕についてたら大丈夫』ってゆうてくれたはったし…

と答えます。


父にこのセリフのことを訊いてみると

ボク、お金持ちにはなられへんやろけど
食べるのに困ることはたぶんないやろなぁ
ってなんとなく思てたから、そんな風にゆうたんやろな〜


とにかくお金がないんやし、そうでも言うとかな仕方ないやん
でも、ホラ、(これまで食べるのに)困ってへんやろ?
お金はやっぱり、いつまでたってもあんまりないまんまやけど。
ボク、運強いねん

と教えてくれました。


小宮一慶さんの言葉「人は幸せについていく」を、私は「人はネガティブな言葉にはついていかない」(そこから幸せにはつながらない)と勝手に変換して聞いていたのでしょう。


お金も所帯道具もほとんどないところから始まった両親の結婚生活は、父の『ボクについてたら大丈夫』という言葉が“つなぎ”の役目をして現在に至っているのだと思います。父は普段から、ポジティブなこともネガティブなことも口にしません。


講演会では、小宮さんのお話と、普段の父の様子や私の経験が突然結びついて

ポジティブな言葉も割と口にするけれど、ネガティブなことも結構言う

より

ポジティブなことを別に言わなくてもいいから、ネガティブ・ワードは口にしない

ことの方がずっと大切なのかもしれない、と思ったのです。


母が髪を切っても気づかないし、母の機嫌もあいわらず読めない父ですが、今も年に一回くらい、『ボクについてたら大丈夫』と母に魔法の言葉をふりかけているようです。